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2008年09月20日

城崎温泉(城之崎温泉)の歴史

舒明天皇(在位629年~641年)の時代に、コウノトリが傷を癒した伝説があります。
養老元年717年から養老四年720年、道智上人千日の修行を行った末に湧出したことが城崎温泉のはじまりと言われています。
この(現在のまんだら湯)道智上人は温泉寺開山でもあり、温泉寺は以後、城崎温泉の社会的中心となります。

江戸時代の温泉番付によると西の関脇(最高位は大関)にランクされていたほどです。
ちなみにライバルの有馬温泉西の大関です。

江戸時代の外湯の元になった湯壷は9つり、幕末には、桂小五郎が新撰組に追われて城崎温泉に逃げてきたことも有名です。

江戸時代の城崎温泉はすでに遊技場のほか、食べ物屋は、鍋焼き、ぜんざい、うどん、そばなどをはじめ、果物、魚、鳥も各地から運ばれフグ、タコ、カモと幅広く手に入れることができるほどでした。
また、貸し物屋では三味線、すごろく、碁、琵琶、琴、さらに、槍や刀まで貸してくれてました。

日露戦争の折は、戦争で負傷した兵士を湯治させるために寮養所を城崎温泉に設置しました。そのため明治維新からずっと続いていた深刻な不況もなくなり、明治以後も文人墨客に愛され、『城の崎にて』を書いた志賀直哉、作家・有島武郎をはじめとする多数の文豪が来訪されました。

大正時代の北但地震で町は全焼するが翌月には82人の客が城崎を訪れていて、湯が沸いている限り客足は絶えることはありませんでした。

第二次世界大戦中、温泉街は、軍人病院となっていたこともあります。
昭和38年に温泉街と大師山山頂を結ぶ城崎ロープウェイが開通し、高度成長にあわせて温泉ブームが到来し、城崎温泉は巨大な観光地となります。


城崎温泉(城之崎温泉)は、浴衣の似合う温泉町

2008年08月17日

城崎温泉(城之崎温泉)の湯飲場と足湯

城崎温泉城之崎温泉)の湯飲場足湯のご紹介です。

駅前・一の湯前・温泉寺薬師堂前に湯飲場があります。適応は、慢性消化器病と慢性便秘です。

また、薬師公園ポケットパークには泉源と足湯があります。
足湯はさとの湯、文芸館、柳湯、一の湯にもあります。

さらに、「いこいの郷温泉交流センター」は、身障者の方の機能回復訓練に適する設備が整った温泉で、毎月29日(福祉の日)は無料開放しています。
営業時間/15:00~21:00
うたせ湯・プール浴槽ほか
TEL.0796-32-4503

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2008年07月27日

城崎温泉(城之崎温泉)は、浴衣の似合う温泉町

城崎温泉(城之崎温泉)は、なんと言っても浴衣の似合う温泉町でしょう。

大谿川の柳並木と太鼓橋、木づくりの建物、庭でも歩くようにゆかた姿で外湯めぐりをする人々・・・。
ずっと昔から変わらない風情がここにはあります。
洋服を脱ぎゆかたを着るだけで、都会では味わえない休日が始まります。


城崎温泉(城之崎温泉)ゆかた憲章

一、ゆかたにあらざれば、装いにあらず。
城崎温泉では、ゆかたをはじめとした和服が正装です。
外湯めぐり、おでかけは必ずゆかたに着替えてからにしましょう。

一、ゆかたを以て尊しとなす。
城崎温泉では、ゆかた(和服)を粋に着こなす人が尊敬されます。
まず正しい着方を覚え、自分なりにコーディネートしましょう。

一、ゆかたを温ねて、新しきを知る。
ゆかたを着ると今まで気づかなかった自分の新しい魅力を発見できるはずです。

一、ゆかた姿、一日にして良き想い出を宿す。
一日ゆかたを着て過ごすだけで、素晴らしい想い出がたくさんできるはず!
都会では味わえない日本の良さがそこにはあります。

一、ゆかたは、豊かな心を育む。
ゆかた姿は人への優しさ、自然に美しく感じる心を想い出させてくれます。
ゆかたを着たあなたは、外見だけでなく心も豊かになれること間違いなしです。

城崎にはゆかたで何か困ったら、対応してくれるところが随所にあります。
遠慮せずに気軽に入ってみましょう。
ゆかたの正しい着方を知りたい方は
着こなしに自信がないときや、着くずれた時は「ゆかたご意見番」へ。
簡単な気付けのポイントが分かるリーフレット「ゆかた辞典」がもらえるほか、手直ししてくれることもあります。
この看板を目印に。(町内約30軒)

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